2011年03月02日

清夜長相

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 その作品を見たとき最初に感じたのは生きているという感覚だった。もちろん、それは彫像だ。生物という意味では一切生きてはいない静物。しかし、感じたのは生命だった。
 恋人の生家のある東北の村を訪れたのはある冬の事だった。村を訪れたのは、十代から三十代にかけてつきあった長い春の決算、結婚に続く流れの為だ。
 正直なところ、来るのは嫌だった。東京で生まれ育った私は基本、あまり寒いところは好きではない。などと冗談めかしていってはいたが、本当の事をいうと、二人の関係が新しい局面、というかどん詰まりのように思える結婚に向かうのをためらう気持ちがあった。三十代になってやっと描いている絵が評価され、それなりに個展などを開き、画集も発売されるようになった今、結婚という絆は、むしろ錨のように自由を奪うような気がしたのだ。
 しかし、長い春の中で、賢くなっていた恋人は、よく私の動かし方を知っていた。
 生家のある村には、秘蔵の作品があるというのだ。ただの美術品なら、わざわざ一日時間をかけて行く事は無かったろう。それが私の敬愛する暁紅尾の作品だというのだ。
 暁紅尾は、二十世紀に活躍した造形家だ。作品は主に和紙や糊、粘土といった軽い素材で作られていた。そのせいか、あまり美術商が好まず、中央線沿いの小さなギャラリーで展示されることが多く、あまり知られる事は無かった。しかし、一冊の写真集が全てを変えた。『月明星稀』と題されたその写真集は、風景の中に彼女の造形物を置いて撮影された。今まで都会の小さな場所で展示されていた作品は、自然の中に置かれる事で一変した。まるで野生動物の写真であるかのように思え、あまりの自然さに絶賛された。
 その時得た資金を元に、彼女はさらなる作品を作ろうと、地方にギャラリーを構えた。その後、消息が途絶え、作品は幻の物となった。
 実は彼女がギャラリーを構えたのが恋人の生家からほど近い山だという。加えてギャラリーを設置する際に、色々尽力をしたので、記念に作品を一つ贈られたという。
 今その作品を目の前にしている。
 大きさは50センチほど。写真集に載っていた作品だ。『半神』と題されたその作品は、ギリシア神話のサチュロスをモチーフにしていると思われた。元来サチュロスにはある山羊の髭はなく優しい顔をしていた。かすかに膨らんだ胸を含めて、そのサチュロスは少女のように思えた。
 飽きる事なく、眺め続けていた。産毛一本一本まで作りこまれたそれは見れば見るだけ、新しい発見をもたらして、飽きなかった。気づけば横にいたはずの恋人はいなくなっていた。何か言われたような気もするが、よくは憶えていない。 
 息を吐いた。白かった。自分は一体どれだけ作品を見続けていたのだろうか。
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2011年03月03日

清夜長相

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 息が白い。
 いつの間にか暖房も切れてしまったのだろうか。恋人が燃料が無くなれば死ぬといっていた事が頭をよぎった。このままこの部屋にいたら凍えてしまう。
 扉に手をやった。思わず手を離した。ドアノブは氷の塊のように冷たい。服の裾を引っ張り手にかけて、少しでも寒さをしのぐことを考えながら、ドアノブをひいた。ドアノブが動かない。この寒さに凍りついたと一瞬思った。そんなわけはない。きっとカギでもかかっているのだ。 
 どうしよう。
 部屋はせっかく『半神』が飾られているというのに、物置のような扱いの部屋だ。物置といえないのは、東京暮らしの自分の借りているアパートよりも広いスペースに対しての気持ちで、この家からすれば紛れもなく物置なのだろう。
 立っていると寒さに耐えきれないので部屋の中をうろうろろ歩き回った。動いているうちに少しだけ体温が上がってきた。
 目にとまったのは本棚だった。本棚には奇麗な本がたくさん飾られていた。買うだけ買って読んでいない本。そんな印象を受ける。本は悲しいことに好きな本であればあるほど傷み壊れていく、日用品のようなものだ。ここにある本は全くそんな感じは受けない。まるで芸術品のようだ。
 ガラス戸を開けて適当に一冊とった。
 小牧野の伝説。と書かれていた。この辺りの地名とも違うし、どの辺りのものなのだろう。そう思って本を広げた。
 東北で、伝説とくれば、遠野物語が有名だ。河童や、山人といった、どこか不思議な物語が語られている。実話を元にしながら詩人であった柳田國男の感性を通して描かれたそれが、昔話とも民話とも違う、地続きの感じを持って書かれている。この本もそんな影響を感じさせた。
 語られているものは、どこか実話を感じさせた。
 なかなかにおもしろくて本をめくっていくと一つの話にぶつかった。
『山中にて怪異に遭う』
 
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2011年03月07日

清夜長相3

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 そしてページをめくった瞬間、肩を叩かれた。振り返れば恋人が白い息を吐きながら立っていたおかげで、出かかっていた悲鳴は止まった。
「チキンハートだね」
 顔が真っ赤になるのを感じながら、言い返した。
「こんなところでいきなり肩叩かれたら驚くに決まってる」
 言ってから恋人にとってはここは自分の故郷であり、それも実家なのを思い出していた。それをこんなといって気を悪くしないだろうか。
「まあ確かに。それよりも、どうして暖房も消したままで」
「切れちゃったんだ。それに外に出られなくて。カギなんてかけてどうしたのかと思った」
 開かなかった扉の事を考えた。
「カギ? 古い家だから立て付けがね。カギなんてついてないし」
 日常の言葉に安堵する反面、さっきまで自分の周りに漂っていた不思議な空気が無くなったのはちょっと切ない。
「それより食事できたから行こう。清流鶏っていう、この辺りのおいしい鶏でいろいろ作ってくれたみたいなんだ」
「鶏」
 鶏と聞いてちょっとテンションが上がった。それも地鶏とくればおいしいに決まっている。
 恋人について部屋を出た。本をそのまま持ってきてしまった事に気づいたが、後で返せばいいと思い、そのまま持ってきてしまった。

 恋人とその両親だけの四人の食事だ。それなのに一畳はある大きい角卓には、食べ物や飲み物が置かれている。食べ物は鶏の唐揚げやたたき、筑前煮、焼き鳥やチキンサラダといったものから、漬け物。ちゃんむしといった蒸し物まである。そしてお酒は瓶ビールから始まって、日本酒や焼酎、ウイスキーといったものまでたくさんだ。
 二人ともにこにことしている顔は、恋人によく似ていた。夫婦というのは、長い間寄り添うと似た顔になるというが、こうしたものだろう。
 これから自分も恋人と一緒に過ごして似たような表情を浮かべるようになるのだろうか。そう考えると面はゆい気持ちになったが、その想像はそんなにわるいものではなかった。
 東京での暮らしや、私の親や子供の時の事、同じように恋人の悪たれぶりを聞かされ、笑いは絶えなかった。
 酒をかなり飲んでしまい恋人は酔いつぶれた。
 恋人の母親に案内されたのは客間だった。
 部屋の中には灯油のストーブが置かれ、赤く熱そうだ。二酸化炭素がたまらないように少し障子が開けられ、縁側から冷たい空気が入ってくる。
 一人になると、夜の静けさは身にしみる。東京では街は不夜城だ。いつでも誰かが動いていて、その音は聞こえてくる。でも、今聞こえてくる音は、ストーブが空気を暖める音くらいだ。
 パジャマに着替え、布団に入った。電気を消した真っ暗な部屋。冷たい布団がいつの間にか体温で暖まってきた。でも、飲んでいてお腹もいっぱいなのに睡魔はよってはこない。
「眠れない」
 電気をつけ直して、携帯を見るは、電波の範囲外だ。仕方なしにまた眠ろうとすると『小牧野の伝説』が目に入った。私はさっきまで見ていたページを開いた。
posted by 管理人 at 19:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 種(未完の話)| edit

2011年03月12日

ロミオとジュリエット

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 彼は十七、彼女は十三。

 マイミクのジュリさんの出演する『ロミオとジュリエット』見てきました。
 これって本当は20人くらいでやってもいい芝居だと思うのですけど、たった六人で行われていました。それも途中で役者さんが入れ替わったり、人数が足りないときは人の形をした人形のようなものを使ってやる芝居。
 そう、今回は俳優座の研修生さんの芝居だったのです。昨年も同じ研修生さんのものを見たのですが、人間って精進すると一年ですごいレベルアップするものだと激しく感じました。
http://blog.livedoor.jp/haiyuu_no_tamago/

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2011年03月13日

今週の更新

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