2011年12月10日

父親が家を出たのもこの年だった

HOMEネガバナシ ⇒ この記事です

 家を出ないとまずい気がしてきました。
 まあ、生活費を入れていて、住んでいる家も持ち家(実家を買い取った)なんだけど、おいらの世話をするのに母親が辛いそうな(体力的にも精神的にも)。
 
 今、頼んでいるのは、炊飯器に白いご飯がある事。洗濯と配達物の受け取り。
 今回いらついたのは配達物。決められた時間や、事前に知らされてる時以外受けないと言われてしまった。

 暫く前から、トイレの扱いが悪いとか言い出して、使う度に掃除してたんだけど、仕事で一日自分がいなくても汚れてるんで、それも冤罪だけど、いっても分かってくれない。

 実際辛いのは「弟の方は何でも分かってくれているが、お前はわかっていない」的な事だね。
 もともと親子で相性が悪く、自分といると苛つくみたいだから、食事も台所で立って済ませたり、母親のテリトリーの居間にいかないようにして、できるだけ刺激しないように生きてるんだけども、それだと目がいかないしね。おいらが具合悪くて倒れても気づかないのに、どうして理解してもらえると思うのだろう。

 結局、炊飯器はもうしなくていい。配達物は不在者通知で対応にしました。洗濯ばかりは、洗濯機がないと辛いから。
 しかし、母親の生活もあるからと、昨日出たボーナスから些少ですが渡して怒りを納めてもらいました・・・と書きたいが、怒りはおさまりませんでした。


 あれデジャビュー?
 12月は誕生日なんですけど、父親と母親が完全に別居になったのも、今の自分と同じ年だったな。こどもの頃は理解できなかったけど、子供は母親と近いから、つい父親に敵対してしまったけど、今となっては父親に味方してあげればよかった。
 こんな風に扱われていれば確かに家を出たのも、宗教に走ったのも、女に走ったのも分かる。
posted by 管理人 at 13:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | ネガバナシ| edit
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。