2007年06月30日

海深く翼

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 いつものように天見六星は港を抜けて、島を見にいく途中だった。
 真夜中、港を歩く学生服姿は目立ちはしたが、それを見ているものはいないようだ。6歳の頃から十年近く六星は何度となくこうしてきたが、誰にも咎められることはなかった。咎められたら、ライセンスを見せればすむことだが、それは煩雑に思えた。
 港は十年前の津波によって甚大な被害を受けたが迅速に復旧された。しかし、港の端にある十三埠頭は、荒れ果てたまま放置されている。それでも昼間は、近隣の工場の発電施設から出る温水により肥えた魚を狙う釣り人や、それを追い払おうとする港湾局の人間がいたが、この時間になると人の姿はない。
 埠頭に立って六星は島を見た。
 島への出入りは禁じられている。こうして一番近い十三埠頭から見れば、すぐにでもいけそうに見えるが、それは錯覚だ。
 島は大きかった。津波で破壊された瓦礫を貪欲に引き受け、巨大になり、津波の被害で焼け太りしたと噂される企業がその全てを買い取った為、そこは巨大な私有地であり、工場となっていた。
 その島を見ながら適当な岩に腰掛けて夜明けを迎えるのが六星の習慣だった。
 暗闇に、紫が混じり、やがて暖かな朱をもってくる。
 多くの詩人に読まれた夜明けの美しさだが、六星はその美しさを感じたことはなかった。
 今この時までは。
 夜明けの光の中、何かが落ちてくる。それは金色の輝きに包まれていた。動くこともできず、六星はその美しいものを見ていた。
 水飛沫があがった。
 海に何かが落ちてきていた。海面に頭が見えた。誰かが海の中でおぼれていた。
 六星は上着を投げ捨てると海に飛び込んだ。
 海水は冷たかった。海は一月前の温度を持つという。冬の海に飛び込んだのと同じ事だ。その中を六星は泳ぎ始めた。
 少しずつ近くなる姿。癖のないまっすぐな金色の髪が、光のように海の中で揺らめいていた。少女だった。
 後ろから近づくと脇に手を入れて、埠頭に向かい泳ぎ始める。それほど疲れなかったのは少女が意識を失っていたからだろう。もし起きて暴れたなら、これではすまないはずだ。
 六星は上着をとると、携帯を取り出し、救急車を呼びかけて、止まった。こんなところまで救急車は入ってこられない。六星は少女を背負い、港を歩き始めた。
 海の中で冷えていたのに、少女は生命を示しているように暖かかった。服もあまり濡れておらず、むしろ六星の方が水に濡れているくらいだ。
 六星は歩き続けた。
 明け方の光を受けながら歩いていると、あの津波の日を思い出す。あの日、自分は背負われて歩いていた。
 誰に背負われていたかはわからない。津波の中で、誰かが自分を救い出し歩いていた。周りには壊れた建物。水だけではなく、辺りは津波によって起こされた衝撃の為、火事を起き、息を吸うたびに胸が痛んだ。その中で広い背中の上だけは安心していられた。
 この少女に、あの時の気持ちが少しでも伝わればいい。そう思って歩いた。
 十三埠頭を抜けて、工場地帯に入った。少女をおろし、風が入ってこない建物の影に置く。六星は携帯を出すと、電波が届いていない。そのまま歩き出して少しでも電波のいいところを探した。
 大きな足音がした。
「見いつけた」
 振り返ると緑色の髪をおさげにした、小柄な獣人の女だった。警察や警備、そうしたものを思わせる制服に身を包み、その頭にはベレー帽が見える。朝の光の中で、猫科めいた瞳孔が細まって、少女を見ていた。
「君は?」
「それを渡せ」
「今、救急車を呼ぶ」
「それには及ばないよ」
 獣人特有の強靱な脚力で、すぐに六星の側に女はきていた。近づいてみると割合丸顔で小柄ではなく、まだ子供の獣人かもしれなかった。
「貰ってくよ」
 少女の服のワッペンに六星は眉をひそめた。それ一件十字架をもしたものに見える。しかし、十字架の上に一つの点が見えた。
「組織の人間か」
「『翼ある蛇』だよ。それならどうした?」
「渡さない」
 六星の顔に女は笑った。
「知っているのに逆らうなんてバカなやつ。あんたなら、幾らくらいかな」
「何がだ」
「ミンチの値段さ」
 少女の手には黒光りする鉄の塊があった。
 それは実戦で始めて使用された際、悪魔の兵器と恐れられた。ただ一人で死体の山を築くとされた機関銃であったが、実際は重く数人の補充を必要とした。
 だが、少女の手にあるH&K MP7はそうではない。携帯性に優れ、片手での取り扱いが可能で、短距離でなくとも人体を防弾チョッキごと貫通し、破壊する優秀な兵器だ。
「g100円ってところかな」
 軽やかな声を上げ、少女はMP7を六星に向けた。
 六星は動けない。動けば背後で眠る少女にも当たる。
 地面を蹴った。
 引金に指がかかる。
 六星の体が少女の眼前に移る。
 驚く女の顔。
 MP7は転がった。
「な」
 六星は少女の目の前で手を大きく開いた。何か来ると少女がひるんだ刹那、手首を固めて、そのまま返して地面に押しつけた。
「このまま手を退け」
 少女は無視して暴れた。
 小柄な体とは思えない力に六星は弾かれそうになる。獣人は人間に比べて強い膂力を持っている。このまま押さえきれないかもしれない。
 六星は手刀で、少女の延髄を軽く殴った。意識を刈り取るのに強い打撃は必要ない。少女の体はそのまま動かなくなった。
 六星は早足に少女の元に戻った。少女の意識は戻ってはいない。きれいな髪が朝の日の光を受けている輝いている。光を返しているのではなく、内側から発しているような輝きだ。
 六星は少女を背負い、再び歩き出した。その時、背後で堅い音がした。それは安全装置を外す音。
 先程気絶させた少女。手にはMP7。
「ミンチになりな」
 銃弾が放たれた。

 肉体をミンチと布きれを化す銃弾は宙で止まっていた。光の幕が、六星の周りを包み込み、銃弾を防いでいるのだ。
 シールド。防御魔術の中でも基本とされる物だが、こうして全ての弾丸を防ぐ範囲と強度は魔術師の腕前をしめてしている。
 六星は魔術を扱ったものを探した。
 光の幕が消え、銃弾は地面に転がった。
 埠頭の方から歩いてきたのは、ナースを思わせる白を貴重とした服装で身を固めた長身の女だった。胸元には翼ある蛇のマークが見える。黒い髪をきれいに結い、大きな髪飾りが見える。手にはどこかアンテナめいたものが握られていた。素材を生かしたまま加工したそれは現代の魔術師の杖だ。
「ファン、傷つけてダメですよ」
「命拾いしたなさっさと渡せ」
 獣人の女ファンは大声でいった。
 六星は周りに眼をやった。一人なら逃げ切れると思われる倉庫の隙間も、こうして少女を背負った状態では無理だ。
「おいきいてんのか」
 騒ぐファンを横に、長身の女は六星を見ている。その黒い瞳は六星の心の底を見透かすようで、居心地が悪い。
「あなた天見六星。なら止める必要はありませんでしたね」
 長身の女の言葉に六星は笑って答えた。
「誰か教えてもらえませんか?」
「魔镖に比べれば、名乗るほどのあだ名は持ちませんから」
 女は杖を振るった。地面の上をはうような衝撃が六星に襲いかかる。交わしたと思ったそれは方向を変えた。
「それは地の鮫。大した術ではないですけど、しつこさは折り紙付きです」
 六星は走り出した。
「あくまで逃げるのですね」
 鮫は地面を奔ってくる。
 全力でなら追いつかれないが、それも時間の問題だ。
 六星は放置されている廃車の群れに飛び込んだ。
 合間を抜け、かける。魔術で作られたものとはいえ、こうしていれば障害物にあって、まっすぐにこれない。
 予想通り鮫の姿は消える。
 六星の背後で大きな音がした。悪い夢のようにト廃車が宙にはじき飛ばされていた。 鮫は一体ではなく、数体に増えていた。それは一体では抜けられない、廃車を初めとする障害物を破壊し、弾きながら向かってくる。
 先程の魔術師の姿は見えないから、あれはオートで敵を定め、飛び込んでくるタイプの魔術だ。
 六星は立ち止まって、少女を地面におろした。
「天使を離したね」
 ファンがMP7を構えて廃車の上に飛び乗っている。
「さっさとミンチだ」
 距離は十m。先程とは違う。
 引金がひかれた。

 あまたの銃弾が六星を襲った。血が飛び散り、肉片と赤く染まった布きれがそこにはあった。もう命がなくなったのがわかってもファンを撃つやめなかった。
 弾倉が空になってはじめてMP7をおろした。
「ミンチになりやがった」
「gいくらくらいだ?」
 眼前に六星の姿はそこにあった。六星の体がもう密着といっていい距離にある。既に何もできはなしない。
 六星の拳が自分の腹にめり込んだ瞬間、ファンの意識は吹き飛んだ。
「心纏流風神」
 六星はファンの体を地面におろした。
 振り返ると、まだ鮫はこちらに向かってくる。ファンのMP7をつかみ、腰にあった予備の弾倉をつけかえる。
 倒れた廃車の下にこぼれている黒い染みが見えた。かぐと油臭く、ガソリンか、オイルだ。 
 鮫が近づいてくるのが見える。
 MP7を地面に向けて撃った。火花が散って油に火が移る。
 少女を背負い、六星は歩き出した。
posted by 管理人 at 10:11 | Comment(0) | TrackBack(0) | 海深く翼| edit
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