2007年09月04日

海深く翼9

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 鎮守の森であったという森は、濃厚な植物の匂いに満ちている。木々の果てにある白磁館は、アールデコ様式の美しい館だ。
 屋敷の前で、揺れる金髪が2つ。ドクターとルーテだ。六星はその後ろをゆっくりと歩いた。
 この森を最後に訪れたのは、叔母夫婦の葬儀の後だった。白磁館に入ると森の匂いがこくなった。
 初めてあう従姉である山海寧は、香水塔と呼ばれる自分より大きなアロマランプによりかかり、まっすぐな瞳で自分と父を見ていた。父が来意をつげると
『父母は生きていけるものは残してくれましたから、だいじょうぶです』  
 そのとげとげしい雰囲気に六星は怯んだが、父は黙ってその体を抱きしめた。いとこが泣き出したのは直ぐで、ただの強がりなのがよくわかった。六星は思わず一緒に泣き出した。
 それから従姉とはよく遊ぶようになった。父の亡くなる日までは。
「いないです」
 ルーテがいっているのを聞きながら、ドクターがこちらを見ている。
 森に入ってから気配を消して、隠身していた。気配を消していれば、ルーテがいうように姿が見えなくなる者だが、ドクターはわかっているようだ。
 ドクターとルーテが入っていくのを後ろからついていった。
 中には昔と変わらず香水塔から流れるこい森の匂いがする。
 寧が姿を見せた。瞳は閉じられたままで、あの日の傷が癒えていないことがわかって、六星は見続ける事ができなかった。
 寧とドクターで言葉が交わされ、『ルーテを匿って欲しいのですが』
 ドクターも思い切った事をする。清原家は『真人』の筆頭株主だ。寧は現在でも真人系の企業のひとつのオーナー社長だ。
いつでも逃げられるように六星は寧の答えを待った。
寧は考えているのか黙った。その沈黙が長くないのを六星は知っていた。彼女は30秒で思考を終えるはずだ。
 匿われる事が決まり、六星はほっとした。これでだいじょうぶだ。そう思った時、寧の体が歪んだ。

 寧が六星の存在に気付かなかったのはありがたかった。
 自分が助けるべきではないのか。寧の姿はそう思わせる哀れみで満ちていた。
 清原家の跡取りなのだから、苦労なんてしているわけはない
 ずっとそう思っていた。
 だが、今の姿はどうだろうか。メイドの姿は一人しか見かけず、こうして庭を見ていれば荒れている場所もちらちら見かける。昔ならそんなことはなかった。
「六星さん」
 声をかけられ、六星は振り返った。ルーテが立っていた。
「ルーテさん」
「だいじょうぶですか」
 後ろから見ているだけで感じるほど感情が表に出ていたのだろうか。答える代わりに六星は笑みを浮かべた。
 笑みは本心を隠す仮面でもある。寧も何か隠しているのだろうか。
「似ているです」
「え」
「笑い方が寧さんに」
 六星は顔に触れた。
「血筋ですかね」
 冗談めいた口でいうが、ルーテは小さく首を横に振った。
「雰囲気です」
 断言するルーテに六星は頭をかいた。
「その気はないんだけれども」
 ルーテは自分の胸に手を当てた。目を閉じて言葉を選ぶように少しづつ声に出してくる。
「多分ですけど、同じ何かを知っているのです二人は」
「そうかもしれないですね」
 
posted by 管理人 at 21:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 海深く翼| edit
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