2007年09月13日

海深く翼10

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 海の中にまっすぐ伸びた橋は、波が来てもまったく揺れる事なく強固だった。伸びる橋の果てには島が。そしてピラミッドがあった。
 島はもともと産廃山脈と呼ばれる産業廃棄物の山を処理する為に窮余の策として作られたものだった。開発から取り残されたその中央に位置するピラミッドは、何にもまして威容を誇っている。地下10F、地上40Fのビルは、高さこそ都庁に及ばないが、階段状なものの四角錐をしたそのデザインは山を思わせる安定したさまを見せている。強化ガラスと鉄骨とセラミックで作られた建物はそのデザインからピラミッドの愛称で呼ばれた。
 天見六星は橋を走っていた。気がつけばもうピラミッドは直ぐ側だった。
「すごい」
 六星は声を上げた。
 毎日のようにテレビで放映されているので。すっかり見た気になっていたがこうして目の前にすると、その大きさに驚く。
 テレビでは天気のいい日にロケをするせいか黄金に見えるが、今日のように曇っている空の下では本家のものと同じように遺跡のように見えた。
 不意に怖くなって先ほどまでの高揚が下がっていくのがわかる。気づけば一緒にきていたはずの、父親の四郎やいとこの寧の姿はない。
 大きな声が聞こえた。
「少し落ち着いて」
「わかった」
 いとこの言葉に六星は頷いた。
 思い返してみれば確かに今日の自分は調子に乗りすぎていた。まどろんでしかいない上に早起きしたから、かなり頭に血が上っていたのだ。それもしょうがないのだ。今日はいとこだけでなく、父親もいる。いつもは忙しい父親がこうして朝から相手してくれたのはいったいどれくらいぶりだろうか。
いとこがいなければ最高の休日なのに。
 寧が追いついてきて六星の側に立った。
「だめでしょ」
 年はそう変わらないが、六星より頭一つは高い背のせいか、いとこは常に高いところから六星に接してくる。
「寧姉が遅いのが悪いんだよ」
「痛い」
 六星の口を寧は引っ張った。
 じゃれるというには六星が寧に一方的にやられていると、風呂敷包みを持った父が歩いてくる。
「ごめんなさい」
 父がお昼の重箱を持っていたのをすっかり忘れていた。
 父の四郎は笑った。
「気にするな。子供はそれくらいの方がいい」
 そのまま六星は持ち上げられた。肩車をされる。一気に視界が高くなった。その視界の隅で重箱を揺れている。父親は持てといいたいようで、六星はあわててとった。
「おじさまは六星にもう少し厳しくした方がいいです」
「するときはしてるさ。それより雹がもう待っているから少し急ぐか」
 寧の腰に六星は手を回した。
「何するんですか」
 寧の体を四郎に抱えていた。
「急ぐぞ」

 ピラミッドのよく見える公園だった。今日は曇っていて霞んでいるが、晴れた日は水平線とピラミッドが重なり、よい眺めであるだろう。
 遊具が置かれるべき場所もまだ何もなく公園そのものが空っぽだ。そもそも高さの代価として作られた緑地だから、このまま何もくることなく終わるかもしれなかった。
 その中を走る父親は子供二人と四人前のお弁当を持っていても息一つ乱れていない。
 六星は疲れきっていた。多分自分でここまできたほうが疲れなかったはずだ。それでも楽しかったのはジェットコースターと同じだ。。
「またせたな」
 芝生の上にはビニールシートが敷かれ、上にはクーラーボックス。その横には近衛雹が座っていた。
「いえいえ。そろそろ下してあげたらどうです?」
「悪い」
 重箱と共に六星は地面に置かれた。寧の方を女の子という遠慮があるのか少しは丁寧におろされる。落ち着いたもので、寧はさっさと乱れた髪を手櫛で直している
 寧はしっかりしたもので雹と顔を合わせるなり、小さく頭を下げた。
 雹は六星と寧にクーラーボックスから取り出したお茶のペットボトルを、四郎にはビールを放った。
 その間に四郎は風呂敷からとりだした重箱を置いた。
 重箱を開くと何種類か形の変わったおいなりが姿を見せる。
「さあ食え」
 六星はおいなりに手を伸ばし口に入れる。油揚げから適度な甘みが広がる。
「おいなりさんしかないけどな」 
「構いませんよ。あまり作ってこられてたら気持ち悪い」
「でもお父さんのお弁当はおいしいんよ」
 雹はさもいやそうに顔をしかめた。
「だめですよ四郎さん子供に嘘をつかせちゃ」
「嘘なんかいうか。六星は本気だぞもちろん。なあ六星」
「うん」
 六星は頬に酢飯を、リスのようにほおばっていたせいで声に出ていない。
「ほらね。六星は口を開ければ父親への不服をいうことになるとこうして口を塞いでいるんです」
 四郎はビールをあけてすするように飲み始めた。
「しかしこれだけのところに人がいないとすごいな」
「今だけですよ。正式にオープンすればうなるほど人が来るようになる。まあ、子供はそうこないかもしれないですけどね」
「こんなところによくもまあ建てる気になったな」
「発電所ですか。まあ電気も地産地消の方がいいですよ。運ばれてくれば問題が増える」
「くる間にどんどん電気って消えていくらしいな」
「おじさま、多分雹さんがいっているのは守る範囲だと思います」
「正解。電線っていうのは補給路だからね。長すぎると守りにくく、途中で寸断されただけで終わりだ」
「寧はよく考えてるな」
 ほめられても寧はいつものように淡い笑みを浮かべている。
「まるでここが攻められるみたいな事をいうな」
「だろうは大切ですよ」
 よく分からない話だがそのあたりは納得できた。正義の味方だってピンチになった時は新しい武器が用意されているものだ。
 寧の顔が止まった。寧は空の一点を見ている。六星は寧の見ているものを目で追った。
 天使のきざはし。そう呼ばれる雲の合間から差す光が見えた。それだけなら珍しいものではないが、それが七色を帯びて差してきていた。
「彩雲なんて珍しいですね」
「虹を帯びた雲だ」
 六星が聞く前に父親は言った。
「仏さまが姿を見せる前に見せるってものさ」
「なるほど」
 知ったかぶって頷く六星に父は苦笑した。
「分からない時は聞けよ」
 六星は頷いた。
 だから四郎は聞いたのだ。
「寧ちゃんの上にいるのは天使」
 父親が目の前に立って寧の姿が見えなくなる。その陰で雹が跳躍したのが見えた。その手には日の光を返す白刃があった。
 金属がこすれあうような音が聞こえて六星の前で崩れ落ちたのは何か光るものだった。
「四郎さんは二人をつれて建物の中へ」
 父親に手を引かれた。
 雹の前には靄に包まれたような光が見えた。
「雹さん」
 雹は小さく笑うのが見えた.


posted by 管理人 at 18:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 海深く翼| edit
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