2007年09月20日

海深く翼11

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 ピラミッドに背を向け、橋に向かって走る父。その小脇に抱えられ、六星は幾度となくピラミッドを見なおした。
 最後に見た雹と天使は争っていた。羽毛に似た何かが乱れ、光りを放つ血めいたもの。それは天使が傷ついたもの。雹は傷ついてはいなかったが、それでも緊張の中にいるのは分かった。緊張に耐えながらも顔を歪ませないその顔は阿修羅を思わせた。
「お父さん」
 父は答えず無言のまま足を速めている。
「あれは天使だよね。天使はどうしてあんなことするの。天使はよいものでしょ」
 六星は知る限りの天使の姿を思い浮かべた。

 救い主の出現を伝えるもの。
 人々の後ろにいて警告を与える主義者。
 図書館でこっそり本を指さしている。

 その姿はどれも人と神の間を取り持つ存在だ。それなら神様に見捨てられてしまったのだろうか。
「そうだ。でもな人間と同じでいい天使も悪い天使もいる」
 いつも分からないことを教えてくれる時の同じ口調に少し安堵した。
「よし」
 目の前には橋が見えた。
「あの橋を渡れば安心だ」
 先程は瞬く間に渡った橋が今はとても長く感じられる。白い橋は終わらずいつまでも向こう側につかないようだ。
 少しづつ歩みが遅くなっている。顔を見れば父は汗をかいていた。
「自分で歩く」
「そうか」
 六星の体は地面に放られた。予想はついてから簡単に着地できた。
「寧は無理だからな」
 寧は腕で頭を抱えたままふるえている。時折、聞こえてくる「お父様、おかあさま」といううめきに六星は何もできずに悲しかった。
「このまま橋を渡ろう」
 父親の後をついて橋を歩く。
先程までの心躍る感覚とは無縁の、冷たく堅い空気。同じように父に触れているのにこの恐れは何なのだろう。
「なあ六星。女は泣かすなよ」
「うん」
 六星は首をひねった。
「なんで」
「いや、これはいっておかないといけないと思ってな。爺ちゃんにはいろいろ教わったけどなそれが一番記憶に残ってる」
「わかってる。泣かさないよ」
 橋は終わった。
 橋の向こうには人だかりができていた。近くの工場や施設で働く人間達だ。その中からツーテールにしたメイドが歩いてくる。
「四郎さん」
 父が軽く頭を下げて答える。
 小脇に抱えていた寧を男に向かい差し出す。寧はぐったりとなっていて、四郎からメイドへ体が移ったのも気付いていないようだ。
「状況はどうですか」
「予定通りmagiによりフィールドは形成されてます」
「よかった」
「しかし思った以上に数が多いんでわかりませんね」
 ピラミッドの前で光があがった。父が息を飲んだのがわかった。
「寧と六星をお願いします」
 父は中腰になった。父の顔が間近にあった。
「雹いるからちょいと手助けしてくるわ。まあ、あいつなら一人でも何ら問題ないんだろうけどな」
 自分と同じ高さの目線。目には今まで見たことがないくらい強い輝きがあった。
「いろいろ教えようと思ってたんだけどな。さっきのしか思いつかん」
「帰ってきたら教えて」
 怒鳴るようにいったのは父の瞳の中に見えたものを振り払いたいから。
「いってくる」
 父は背を向けて走り出した。
「父さん」
 六星は叫んだ。
 父は振り返らずその手を挙げて答えた。
「任せておけ」
 父の姿は小さく消えていく。
「六星くん」
 声をかけてきたのは寧を抱き上げるメイドだ。
「ここは危ないから逃げよ」
「だいじょうぶ」
 お父さんと雹おじさん。二人でかかっているんだから何も起るわけはない。
「血筋かな」
 メイドは何かを思い出すように小さく笑みを浮かべた。
「六星くん、うちな寧さまを置いてくる。そしたら迎えにくるさかい、ここにいてな」
「わかりました」
 六星はうなずいた。
 メイドはできるだけ揺らさないようにというのか静かに人混みの中に消えていった。
 六星は視線をピラミッドに戻した。
 空気が変わっていた。
 ピラミッドの上に虹の幕が踊っていた。それはオーロラを思い出させた。
体重が何倍にでもなったように体が重い。それが恐怖であることに気付いて六星はふるえた。
 父も寧もいなくなって一人になったときにこれを感じ始めるのは正直怖かった。それでも六星にできるのはこうして待つことだけだった。
posted by 管理人 at 20:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 海深く翼| edit
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