2008年01月11日

海深く翼14

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「その後はよく覚えていません。いつの間にか地上にいて、誰もいなかった。街は洪水になっていて、その目を覚ました時は、一人だった。ただ、分かるのは僕があそこにいかなければきっとお父さんは生きていた事です」
 六星は大きく息を吐いた。あの日の事を忘れたことは無かった。だが、話した事は初めてだった。そのせいか心が軽い。
「父の分も、僕は困っている人をすくわなくてはいけない。だから、ルーテさんは何も気にすることはありません」
 ルーテは何も言わずに六星を見ている。翠色の瞳はただ澄んで六星の顔を映していた。その自分の顔が泣きそうで、見られていると思うと気恥ずかしくなった。
「償いをするつもりで生きるのはよくないです」
「償い?」
「自分を助けたせいでお父さんが亡くなったと思っていますけど、それは違うのです」
「運命だとでも」
 そういうのなら、たとえルーテの言葉でも頷く事はできなかった。
「生あるものは必ず亡くなります。六星さんが何かをお父さんから受け継いだとしたら、それは罪ではなく、思いだと思うのです」
「思い」
 六星は呟いた。
「ヒーローですよ」
 ルーテは元気よくいった。
「だからわたしも助けてくれました」
 庭の向こうから煙が上がった。次いで聞こえてくる破裂音。その音を六星は知っていた。
 妖精兇手ティエンが使った地を這う鮫の音だ。
 ルーテに注意を呼びかけようとした刹那、違和感を感じた。
 はっきりと見えないが、誰かがそこにいる。
「誰だ」
 気配が強くなる。
 制服に身を包んだ男が立っていた。服のワッペンに、十字架の上に一つの点が見えた。『翼ある蛇』のシンボルだ。
 目視できればはっきり分かった。先程からずっとその男はいたのだ。ただ、気配を完全に消し去っていたが故に、景色として見え、人として認識できなかった事に六星は思い至った。
 目の前に立つ男を六星は知っていた。
 木辺雹と男の名はいった。
 父の友人であり、自分に戦いを教えた男。そして『翼ある蛇』のチーフ。
 六星はルーテを背に庇う。
「ハンターとして、資産を回収に来た。意味はわかるな」
 雹はそういうと六星に近づいてくる。
「渡しません」
 思ったよりもはっきり声は出た。ひるんで抵抗できる気持ちなどないかもしれないと正直思っていたのだが。
 雹はゆっくりと近づいてくる。
「排除する」
 雹は小さくいうと手を振り上げた。手の中に見えるのは短めの直剣だった。その切っ先は六星の喉を狙っていた。
 無駄のない動きであるが、軌跡は見破れた。最短距離の攻め。迷いない一撃を六星は交わした。
 六星は剣を引いた雹と向かい合った。
 雹の殺気を、体の至る所に感じる。隙があれば、雹の剣先は間髪入れず、六星の急所を狙ってくるだろう。
 雹の剣の質を一言で言えば実だ。虚のないというのは、フェイントを織り交ぜずに、単調という意味ではない。使うべき時に、必要なだけ力を注いでくるのが、実の攻めだ。先の一撃もしっていたからこそ交わせただけだ。
 だから、今はよく剣を見なくてはいけない。
 雹の指先の動きが妙手となり、絶技につながるかもしれない。
 雹が動いた。手の中の剣、切っ先が狙うのは眉間。刃を無手で弾く事はできない。踏み込んで手元を狙う。雹の切っ先が素早く円を描く。
 円に巻き込まれた六星の手にも動脈を始め、無数の急所がある。
 どこを狙ってくる。そう考えた瞬間、腹に激痛を感じた。見れば、雹の足が腹にめり込んでいた。蹴りの威力を殺しきれず、六星の体は転がり、庭の彫像を壊すまで停まらなかった。
posted by 管理人 at 20:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 海深く翼| edit
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