2008年01月30日

海深く翼A

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清原寧は境界に住む少女だった。まだ十にならない身から、生き残るための戦いに直面していた。
彼女は幼い頃からの闘争の日々を誇っていた。それは戦う事から逃れられない以上は、それを自らの価値として認めるしかなかった。
彼女は両親の友人をはじめとした年長の人間から可愛がられていながら、これといった親しい友もなく、古い屋敷の一角で、乳母と共に暮らしていた。
 彼女の謙虚な態度は、年長者たちをはじめ、学校の中からも評価は高かった。実のところ、彼女のその物腰は、諦念に由来するところだった。
 彼女は夜になると誰も連れることなく密かに街に出た。多くの敵が彼女の周りで跋扈したが、その体に傷をつけるものはなかった。
 彼女を守るものは、あまり世間には知られず、認められないものが多くを占めていた。 体を守るのは不負の技。心を護るのは半ば自動化された魂。その二つを持つ彼女は無敵だった。
 いつも彼女は夜の街で一人踊る。時に激しく、時に密やかに。目を閉じたまま、経帷子めいた白い着物で踊る彼女を見た人々は、心をおかしくした少女が、忘我の最中にあるように思う。
 しかし、彼女の心は決して恍惚の中にはなかった。あるのは冷静に獲物を追う、熟練の狩人のものだ。
 寧は踊りながら自分の周りにくるものを見た。一見、影のように見えるそれは、よく見れば泥をかぶった人間に似ていた。彼らは死者だった。
 この境界の地は、多くの異界。ことなる世界との間に設けられた緩衝地帯だ。その異界の力故か、一部の死者は安からに眠ることなく、夜の街を徘徊する。
 彼ら、レブナンは夜の街を行き、不用意に夜出歩くものを襲う。そして死者は増え、夜の街は死者のものになるのだ。
 寧は踊りをやめた。
 黙って自分の周りを二重三重に自らを囲んだレブナンを前にしても何も臆することはなかった。
 結局、レブナンは-なのだ。+の多い寧を-に転じるだけの数はいない。だから数を集めているのだ。寧の持つプラスを優に超えた時、レブナンを一斉に襲いかかるはずだ。
 レブナンは寧に惹かれてその数は増えていく。
 寧は小さく頭を下げると再び体を動かし始めた。今度は静かな舞だ。緩やかな動きの中、手足の一つ一つの動作が闇の中に白を刻んでいく。先程まではなかった恍惚を持って、寧は踊っていた。
 一指し舞を終えた時には、寧の周りはレブナンが無数取り巻いていた。レブナンの影の先が夜に紛れて、もう街すべてが影に包まれたようだ。
 影はただ残る白い一点、寧を巻き込もうと押し寄せた。
 寧の周りに三角形の鏡が現れる。鏡は微かに光を返したと思うと、襲いかかる影を吸い込んだ。ただ一体のレブナンを吸い込んだだけでは、−の大きさは変わらない。
 だからレブナンは寧に殺到する。
 鏡の放つ小さな光など影の中にただ飲み込まれるだけだ。
「かかった」
 レブナンの触れたのは寧ではなかった。寧の前には三角形の鏡があった。先程と同じデザイン。だが、巨大だった。
 レブナンに覆い被さるように鏡は倒れた。影は吸い込まれて姿を消していく。
 残るのは白い息を盛大に吐く寧だけだった。
 鏡を始め、力を使うのはそれなりに消耗する。レブナンに襲われてとられることに比べれば少ないが、続けていれば冷たさが足下からまとわりついてくる。
 家に戻ろうと体を動かすと体が重い。今日は少し無理が過ぎたようだ。足だけだと思えた冷えは、這い上がるように体を包んでいた。寧は冷たい建物の壁によりかかった
 どこか楽しい気持ちになって、寧は動かなくなっていく体を見ていた。
 今日はいいことがあったから、明日失うかもしれないのならこのまま何も考えられなくなってもよかった。
 自殺したいわけではない。だが、こうして眠っていくように死ぬのならば、死に気づくことなく夢見れそうで幸せに思えた。
 肩を揺すられた。
「身持ちの悪い娘だ」
 その声に寧はおっくうながら顔を上げた。
「雹おじさま」
 そこに立つのはおじさまというには不釣り合いな男だった。寧と年は同じほど。背は高くなく、横も広くない。端正な顔は女性的で秀麗ともいえた。身につけた制服とベレー帽は、十字架に似た『翼ある蛇』のものだった。だが、隊長を示す腕章が手に巻かれている。『翼ある蛇』の木辺雹だった。
「体だけでなく魂も持って行かれるぞ。自分を使った鎮魂なんてな」
「こんなところでどうしましたか?」
「六星が逃げ込んでないか?」
 確かにこの先に雹が用があるのは自分の屋敷だけだろう。六星がつけられていたか、何らかの手で監視されていたのだろう。
「殺す気ですか?」
 その言葉に雹が少し顔色を変えた。それが苦悩であるのは明らかで、少し寧はうれしかった。
「『翼ある蛇』に加わった時点で六星とは戦うのを覚悟されているのかと思いました」
「覚悟というほどのものはないさ。もともと戦場にあっては、目の前に立ちふさがるものは敵だ」
「男はこれだから困ります。人間同士、話し合いでどうにかなるところもあると思いますけど」
「そうなる状況になればな」
「戦場でなければいいんですね」
 寧は答えずにただ立ったままだ。
「まあ答えたくないならいい、家に戻るのならば送っていくが」
「ありがたくお受けします」
 寧は頭を下げた。 


 本編とは関係あるようなないようなシーンでした。
 最近、文章を書くのが解らなくなっていて、ちょっと意図的に変えておりますです。
posted by 管理人 at 20:18 | Comment(0) | TrackBack(0) | 海深く翼| edit
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