2007年02月18日

1日目

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重いものが落ちる音がした。暫くの沈黙のあと長い叫び声が響いた。 
 誰かが校舎から落ちた。そのことに気づいたのは校庭の端でウォーミングアップをしている生徒たちだった。
 小さな悲鳴がいくつもあがった。
 立ち尽くすもの。駆け出すもの。話し出すもの。生徒の一人が 口をぎゅっとすぼめながら、茂みに近づいていく。
 ベンチウォーマーの背中には『白凰学園 五月明』の名前が刺繍されている。
 茂みの中に体が一つ押し込まれたよう見えた。体の周りは椿の花が散らばり、体中に傷を負っているように見える。
 小柄な体は、制服につつまれている。スカーフの赤い色から明のいる体育科とは違う、普通科の生徒なのが分かる。髪は首にかかる程度に切りそろえられ、豊かな頬はどこかパンダを思わせる。
 パンちゃんと呼ばれていた友達の友達。その程度の付き合いのせいで、少し考えてから生徒の名前を思い出していた。
「仲原さん、仲原美智さん?、パンちゃん」
 答えは無い。垂れ下がった手に触れると暖かい。手首をとると弱弱しいが、はっきりと脈拍が感じられる。
「しっかりして」
 大声でいった。
 意識が戻ればと思っての大声だったが、遠巻きだった生徒が近づいてくる。
自分ならこうした時視線にさらされるのは嫌だろう。ベンチウォーマーを脱いで美智の体にかけた。防寒のための、ベンチウォーマーは長身の明のサイズだから、美智の体を隠すのに十分だった。
 近づいてくる生徒を見ると怯むのがわかった。きつい目で見たのだろうと思い、できるだけ優しい声で言った。
「先生呼んだ?」
 生徒の一人がうなずくのを見て、明は少しばかり安心した。
「何があったんだろう」
「飛び降り」
「悪霊だよ」
「自殺かな」
「そんな」
「あの子おかしかったものね」
 明は周りを見た。
 飛び落りることでができるのは校舎だけだ。
窓を白い息で曇らせながら、顔をつけて下を覗いている生徒の姿があった。どの窓も開いてはいない。校舎の外につけられた階段の踊り場が目に付いた。そこから仲原美智は落ちたようだった。今では文化系の部活の部室が集まっているが、もともとは幼稚舎だった建物で、転落防止の為とは思えない華美な装飾のされた鉄の柵も、少しばかり低い。
 やろうと思えば明も飛び越えられる高さだから、超えることは難しいことではない。
 階段を誰かが下りてきた。リボンをつけた亜麻色の癖のある髪が跳ねている。
「姫」
 武部愛。姫という愛称を持つ、明の友達だった。日の中では青みを帯びる白い肌の頬は、急いで上から降りているせいか赤らんでいた。
 この調子でいると後で熱を出すだろう。明はそう思いながら愛が降りてくるのを見ていた。
 普通の子よりも一回り小さい顔のせいで、人並みの背を長身に見せて、よくバランスのとれた人形のようだ。
「美智さん」
 愛が美智に駆け寄るのを明を止めた。
 大きな声を出して駆け寄るというのはいつもの行動とまったく違う。少し頭に血が上っているようだから止めた方がいい。
 「おちついて」
「明さん離してください」
「動かしたら危ないの」
 自分の声が恫喝するように低くなっているのがわかる。
「でも」
 生徒たちのざわめきが静まる。数人の教諭が姿を見せる。その一人は白衣姿だった。
「あなたたちは部活動に戻って。後は先生がしますから」
 その言葉に生徒たちの輪は散っていくが、愛は離れようとはしなかった。
 美智の体を覆っていたベンチウォーマーはどかされ、制服には傷口を確かめる為かハサミが入っている。保健教諭の白衣は赤黒く汚れていた。黒い制服の色では分からなかったが、思った以上に出血しているようだった。
「姫、治療の邪魔になるからいこう」
「でも」
 教諭は子供を見るようにひざを曲げ、愛に目線を下げた。
「武部さん、戻りなさい。五月さん、彼女を少し休めるところに。顔色がわるいわ」
 愛の体が弱いのは職員室でも知られているのだろう。
「わかりました」
 明は何か言いかけた愛の体を引っ張って、校舎の裏に回った。角から見れば、倒れている仲原美智の姿は見えるが、先生の視界からは隠れているはずだった。
 先生ににらまれないで、愛の要望に答えるという明のできるぎりぎりのところだった。
「ここなら見えるから」
 握っている愛の手が震えている。振り返ると、頬は白くなっている。息が苦しいのか胸を押さえている。
「落ち着いて姫。ちょっと深く息をすって、そして吐いて」
 数度深呼吸すると愛は少しは落ち着いたようだった。
「わたし、仲原さんとさっきまで一緒にいたんです」
「理由も知っているんだよね?」
「どうしてですか?」
 どこか愛は嬉しそうだった。
「さっき、誰かも分からないはずなのに仲原さんっていってたよね。だったら、落ちたのが仲原さんっていう理由を姫は知っているんでしょ」
「そこでわかったんですね」
 声には落胆が含まれていた。
「理由は分からないけど、どうしてかはしっています」
 どうしては理由のように思えるが、きっと愛がいいたいのは過程についてなのだろう。
「どうして?」
「悪霊にとりつかれていたの」
 愛の言い方が、真剣すぎてお芝居のように思えて、こんな時なのに明は少しおかしかった。
「悪霊? 何をばかな事をいってるの」
「どうして信じてくれないの」
 愛のまっすぐにこちらを見る黒い瞳は潤んでいた。自分自身を何ら疑っていないその眼は、冷笑的に対応する明を攻めているように思えた。
「ごきげんよう」
 愛は品よく頭を下げると明に背を向けた。その小さな背中が校舎に消えるまで明は動くことができなかった。
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2007年02月20日

2日目 学校

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 白凰学園は幼稚舎から大学までを擁する一貫教育の私立の学園であった。小さな城下町にある学校は、県内では珍しくなった古めかしいデザインの黒いセーラー服が象徴するように、今では失われつつある古風さを持った学校として知られている。
 しかし、子供の減少という時代の変遷には追いつけず、最盛期は八つを数えていたクラスは五つとなり、昨年で幼稚舎は廃止されている。それでも、在校生の中には数代続いて白凰の生徒という家庭は珍しくなく、県内では、良家の息女が通う学校として知られていた。
 その印象から厚い生徒手帳があるようにいわれるが、校則らしい校則はなく、ただ「白凰の生徒として相応しい行動をとる」という一文があるのみだが、時代の中でいくつもの不文律となって伝わっていた。
 学園内で起きた不祥事は秘匿する。それも不文律の一つだ。
 緘口令がひかれているわけではないが、声高にうわさするものはない。昨日の一件は、朝礼の中で事故であると発表があり、決着がついたようだった。
 事故なのか?
 明はそう思いながら廊下を歩いていた。
 昼休みということから多くの生徒が廊下を歩いているが、静かなものだ。その中で明の足音は控えめながら響いている。周りの生徒は自然に無駄な声を出さず、ゆっくりと柔らかな足音を立てて歩いている。明のような高等部からの入学組からするとそれこそ習慣の差としかいいようがない。
 自分は仲原美智を見てしまったから気にしているが、他の生徒にとっては身についた歩みのようなもので、興味を意識から締め出してしまっているのだろう。
 愛はどうしたろうか。
 昨日の「ごきげんよう」は違っていた。それに模範的な生徒である愛が昨日のように、能動的ではないとはいえ教諭に逆らうのははじめてみた。
 気づけば廊下を歩いている生徒のスカーフの色が白から赤に変わっていた。
 体育科の一角から普通科の方まで歩いてきていた。
 愛のクラスである百合組の前だった。
「まあいいや」
 教室に入ると、生徒たちの多くは昼休みの最中だった。お弁当を広げ、談笑している中に、愛の姿はなかった。
 部屋を見ていると、朝練で見覚えのあるおっとりとした顔があった。
 声をかけようとすると、廊下側に座っていた生徒の一人が立ち上がり、明に近づいてくる。
 どこかで見たことがあるように思えたが、同級生だ。見たことくらいあるだろう。
 背は明より低く、割合に小柄だ。黒の中に銀を混ぜたような光沢のある髪は癖がなくまっすぐで、肩程までできれいにのびている。表情が変わらないせいか人形のようだ。愛が洋風なら、こちらは和風の人形めいている。
「何か御用ですか?」
 鈴のような声だった。
「姫、武部愛さんいる?  ちょっと話があって」
「武部さんでしたら今日は学校をお休みになっておられますよ。体調不良で」
「ありがとう」
 教室を後にする。
 暫く歩いていると、後ろからついてくる足音に気づいた。
「何か?」
 振り返ると先程の生徒だ。その顔を見るとどこかで見たような気がしたが。何といっても同級生だ。科くらい違っても、見覚えくらいあるだろう。
 生徒の方もじっと明を見ている。
「ちょっとアドバイスをと思いまして」
「どうもありがとう。聞かせてもらえるかな」
「悪霊にとりつかれないように」
「悪霊? ああ、君もああいうのを信じているの」
 冷笑的な態度をとりかけてから昨日の事を思い出した。
今回もああした態度をとれば、昨日のような思いをするかもしれない。
「そう思う理由はあるの?」
「幽霊を見たことは?」
 問いに問いで返された上に、奇妙なものだったが、明は素直に答えた。
「ないよ」
「ではいっても無駄かもしれないけど聞く気はある?」
「ああ」
 そうわざとしているのか表情を変えないでしゃべると人形めいている。
「眼をあわさない。構わない事」
 笑い声が出た。
「何がおかしいの。これはまじめな助言よ」
「捨ててある犬と一緒だねそれは。目を合わせてしまえば情は移るし、ついてきてしまうかもしれない」
 人形は笑った。ただその笑みは形だけで眼は笑っていない。
「かわいそうだと思ってしまえば、あとはひたすら後をひくところはよくにているわ。霊も犬も」
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2007年03月13日

2日目 武部家

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 雨粒は風に踊り、吹きおりていく。冬でもほとんど雪の降らない街は、暖かいせいかスコールのような粒の大きい激しい雨を降らす。
 雪になることはないが、冬の冷たい雨は重く気を滅入らすものだ。
雨の中、崩れそうな土塀が続く坂を明は歩いていた。堂山と呼ばれるこの一帯は、いくつかの寺社が集まって、山というほどではないが、回りに比べて一段高くなっていて、今日のような日は上から流れてくる雨水のせいで歩きづらい。
「正解だった」
 明が家に返って私服に着替えたのは三十分程前だ。「富士山に登りに行くのか?」と家族にいわれるコートや靴はヘビーなアウトドア仕様で雨など問題ではない。制服なら今頃はたっぷり雨水を吸い込み、人を背負っているように重かっただろう。
坂を上りきって少しいった頃、道がアスファルトから、まばらに苔の生えた石畳に変わった。その石畳の先にあるのが武部愛の家だった。
 堂山の一番上にある愛の家は、尖塔形のアーチに、大きな窓、木材が張り出したハーフティンバー様式で、英語の教科書で見たシェークスピアの生家を思い出させる。それでも違和感がないのは、随分長い間この土地にあるからだろう。
それでも初めて見た時は驚いた。堂山といえば、お葬式と肝だめしの時しかこないので、その奥に洋館が立っているとは思いもしなかった。
 鈴を鳴らした。暫く待っていると、ドアが開き、部屋着姿の愛が出てきた。その頬は白く熱はおさまっているようだった。
 愛はぼんやりとこっちを見ている。きれいな顔だけにそうされると何か攻められている気になる。
「お見舞い」
 コートのチャックを外し、防水の服の中から近所の洋菓子店の袋を差し出した。
「具合悪いならかえるから無理しないで」
「だいじょうぶですから」
受け取った愛は尾があったら振りそうな勢いだった。
「よければ、お茶でも召し上がっていきませんか?」
「じゃあ少しだけ」
 明は家に入った。
 扉がしまると、雨の音が途絶えた。
 コートをかけて、通されたリビングはストーブが赤く火を揺らしているが、あまり暑くない。3メートルはありそうな天井の高さのせいだ。
 窓に合わせた長いカーテンや、床の絨毯、壁紙もどこか古めかしい。天井のシャンデリアも華美で仰々しい。時代がかったものの中で、薄く大きな液晶テレビだけが今だった
 ゴブラン張りのチェアに腰掛けて待っていると愛がボードに湯飲みと、皿にショートケーキを乗せて出てきた。
 湯飲みは初めてここにきた時に見たものだ。中には淡い色をしたお茶が湯気を立てている。
「はじめてきた時もこれだった」
 苦い記憶が脳裏をよぎる
「具合がよくない時は刺激物を避けないといけないのです」
「なんかの苔なんだよね」
「お口にあいませんか」
「なんか高いんだろうなって。もっと気張らないのでいいよ」
「値段はわかりませんが、いつも知り合いの方が送ってきてくださるので」
「そういうものなんだ」
 しかたなしに茶を飲むと、でがらしのお茶に割り箸を加えた味がした。
 初めて飲んだ時と一緒だ。
 公立校の試験の朝だった。自転車で堂山を登っていた。坂の途中、道端で蒼白になっていたおばあさんを見つけた。
 救急車を呼ぼうとすると家まですぐだというので肩を貸して家に向かった。
 おばあさんは、愛のばあやだった。
 せめてものお礼とご馳走されたのが、このお茶と不二家のケーキだった。
 正直それどころではなかったのだが、おばあさんが心配で、目の前の愛もどう見ても健康そうではなかったので、そのままとどまった。
 公立校は当然だめで、滑り止めも一つも滑り止めになっていなかった。
 親は家事手伝いをすればいいというが、チェーン店にシェアを奪われ、客足の減った古書店にそれほど仕事があるとは思えなかった。
 白凰学園の人間が連絡してきたのはそんな時だった。低迷している学園の体育科にこないかと。学費が破格にひかれる上に、スポーツ用の備品の支援もしてくれるという条件に、決めてしまった。
 学校にいけば、女子高生というよりは女校生といった世界が広がっていた。

「ケーキいただきますね」
 愛はショートケーキを口にして、目を閉じてうっとりと味を楽しんでいる。
 明もケーキを食べ始めた。愛のまねをして食べてみたが万人向けの味を追求した不二家のケーキで、口の中で至福にかわるわけではなかった。
「ばあやさんは?」
「休んでいます」
「もう年だもんな」
「おばあさまのねえやだったといいますから、いくつなのでしょうね」
「知らないの?」
「女は秘密が多い方がいいそうです」
「それはどうも」
 明が笑うと愛も笑った。
 笑顔を見ていてやっと安堵した。これなら昨日の事も気にしてないはずだ。
「パンちゃんの事はどうなりました」
「事故」
 愛の目が睨むように細まった。
「そういうことになってしまったのですね」
「そういうことって何か不服そうだな」
「学校の発表を信じられているのですか?」
「どうして姫は疑っているんだ。なんか理由を知っているのか?」
 愛は明に顔を寄せた。近づくと普通ではない体温の高いのがはっきりと感じられた。
「悪霊だと思います。見えなかったんですけど」
 そりゃ霊はみえないだろうといいかけたとき、
「愛さま、どうして寝てられないのですか」
 明は驚いて立ち上がっていた。
 背中のまっすぐ伸びた初老の婦人、ばあやが立っていた。
 扉が開く音もさせないで入ってきたから明は気づかなかった。
「こんにちは」
 明は頭を下げた。
「まあ、明さん。お見舞いですかどうもありがとうございます」
 元気そうにばあやはいった。
「いえ」
「愛さまは熱がさがっておられないのです。障りがあると何ですので」
「でも」
 愛がいうと、ばあやは首を横に振った。
「でもはなしです愛さま」
 多分自分がいると愛は寝ないだろう。
「そろそろお暇しようと思っていたので」
 愛は明に近づくと小さな声で呟いた。聞きかえそうとすると、ばあやと目があった。既に追い出されてもおかしくないのがわかった。
「愛さまご挨拶はどうされました」
「ごきげんよう」
 愛は優雅に挨拶した。
 明は愛の家を出た。
 雨は止んでいたが、風は相変わらず冷たい。コートを襟を立てて、明は歩き始めた。
 歩いていると落ち着かない。
 幽霊や悪霊。次は魔王でもでるのだろうか。
 愛に笑い飛ばせるだけの、確信を見せなくてはいけない。だから、することはまとまっている。
 愛が思い込んでいる事を否定してみればいい。悪霊なんてものはどこにもいないと証明すればいい。
 それにはパンちゃん、仲原美智がどうして落ちたのか調べなくてはならない。
 もうバカらしいと思う気持ちはきえていた。
 愛の小さな声が、どうしても頭から離れない。
「悪霊にあうのは、次はわたしかもしれない」
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2007年03月18日

3日目 校庭

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 寒い朝だった。
 昨日の雨が持っていた寒さがそのまま朝まで持ち越されていた。
 白い息を吐きながら四十人あまりの生徒が白い息を吐きながら校庭を走っていた。水はけのよくなるようにヤシの繊維の埋めてある校庭は、水溜りが残ってはおらず走るのに問題はなかった。
 生徒の多くは体育科の生徒だった。体育科のメンバーは、成績をそれなりに残し、日常の素行さえ悪くなければ、授業の成績はあまり問題にされないといわれていた。
 日常の素行には、自主練習も含まれるので、体育科の生徒の大半は朝から汗をかいている。
 多くのものはそれなりの速さで走っているが、比べるとのんびりと思える速さの生徒たちもいた。普通科の生徒だった。がんばって走っているが、スポーツの才能を認められて入学した生徒とは差がある。
 明もいつものように校庭を走っていた。明の所属する洋弓部では、朝練ながら、走り込みをせずに射場で弓を弾いているものの方が多いが、明は朝は走りこむようにしていた。弓というのは上半身をできるだけ動かさないようにするのが、上達のコツだが、それには下半身を鍛える方が早いのだ。
 明は少しずつペースを落とすと、一人で走る普通科の生徒の横に並んだ。
「おはようございます」と挨拶すると、相手も返してくる。彼女は愛のクラスにいた生徒だった。おっとりとした雰囲気は今も変わらない。
 暫く同じペースで走っていると、ちらちらこちらの様子を見てくる。ペース的なこともあって、普段一緒に走ることもないので妙に思われているようだ。
「あのさ、飛び降りた子どう」
 彼女の顔がこわばった。
「事故です」
「なんか最初に見つけたの、私だから心配で。もちろん事故なのはわかるけど」
 学校側の発表をなぞると少しは安心したようだった。
「今、入院されています。順調なら三月までには退院できるそうです」
「よかった。先生の発表だと事故としかいわないから、いつ頃退院できるとか心配だったんだ」
「そうですよね」
「なんか助けた時に飛び降りだとか、悪霊とか物騒なこといっているやついたから。そんなのいるわけないんだけど気になって」
 一緒に笑いかえしてくれるのを期待したが、鋭いまなざしがこたえた。
「それは。言っていたから」
「言ってた?」
 彼女の目が動いている。それは周りの警戒している目だった。
「教えてもらえるかな」
「いつもぼんやりしていて、何か失敗すると、私は悪霊にとりつかれているからっていってごまかしてたの」
 自分が特別な何かであるために、設定を思い込むのは珍しい事ではない。
 捨て子幻想、自分の両親は別のところにいて、いつか迎えにきてくれる。というのは、橋の下で拾われたという話とあいまって、日本中にある。
 インターネットには、人間のふりをしながら、千年王国をつくるために現代に転生した大天使や、光のネットワークに地球人を参加させるためにきた宇宙人がわんさかいる。
「悪霊っていうのが、またネガティブだな」
 どうせついているのなら、ツキ、ラッキーくらいにしておけばいいのに。
「付き合うのは、姫くらいでした。困っている人がいると放っておかないから」
「姫は優しいからな」
 強く頷いた。
「どうしてあんなに誰にでも優しいのか不思議になります」
「多分、ずっと大切にされてるからじゃないかな」
「大切ですから。五月さんは外からきたから分からないと思いますけど」
 彼女の言葉には少しばかりの優越感があった。自分が知らない武部愛を彼女はきっと小さな頃から見ているのだろう。
 頷きながら、誰もが姫を思い浮かべる時のまなざしの優しさを思い出した。
「あの今話したのは」
「わかってる。白凰の生徒として相応しい行動をとる」
「はい」
 校庭の横を通っていく通学の生徒の姿が見え始めた。校舎につけられた時計は八時を回ろうとしている。
「そろそろあがろうか」
「そうですね」
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2007年08月02日

余談1

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 五月明が堂山を訪ねたのは、ある噂話の為だった。
 堂山のある屋敷には隠された部屋があり、一枚の絵が置かれている。その絵は夜な夜な絵から抜け出るという。
 こんな話を何箇所かで聞き、いてもたってもいられなくなったのだ。勿論、明ではなく、友人の武部愛がだ。正直なところ、明からすればそんなものはただの噂話で、一顧する価値はない。
 しかし、友人はそうではなかった。「行きましょう」と、事あるごとにいう。
 興味が薄れるか、諦めるまで待つ気でいたが、他の生徒にまで声をかけ始めたので、仕方なく調べるにしたのだ。他の生徒は、愛に頼まれれば、間違いなく頷く。そこに善悪とか、価値とか、そういう判断の基準はなく、言うなれば信仰だ。
 『姫たる武部愛の命には従う』。明の通う白凰学園では、それは真理であった。薬剤によるマインドコントロールか、刷り込みによる洗脳かと疑うほどの強制力を持っていた。
 実際のところ、愛を一人にさせておいて、被害が生じた場合、頼まれた人間が防波堤の役をしなかった事を責められるらしい。
 もっとも全ては噂で、具体的に被害を受けたという話を明は一つしかしらない。
 その話はあまり愉快なものではなかったので、身軽に行動できるように一人で来たのだ。
 廃屋の前の門はツタに覆われている。こうした家でも郵便受けさえあれば、いくらでもチラシをいれていくがきれいなものだった。街から離れ、お寺や古くからの家の多い堂山と呼ばれる一帯だからかもしれない。この雰囲気でもって人を寄せ付けていない可能性も多多あるように思えた。
「気味が悪いな」
 明は帆布カバンから軍手を取り出して手につけた。お嬢さま学校としてしられる古風な制服にあわないが、この際しょうがない。ツタを握り締めて、腕力を頼りに身体を持ち上げて、塀の上に乗った。上から軽く回りを見て、足場のよさそうな辺りを探す。雑草に覆われていたが、もともと石畳だったと思われる場所に飛び降りた。石畳を目で追うと屋敷が立っていた。
 幽霊屋敷というから洋風な家を想像していたのだが、それは和風な家だった。博物館で昔の暮らしコーナーにでもなっていそうな庄屋の家だ。
 石畳を覆い隠すように草が生い茂っている。所々に植木であったと思われるアジサイが小さく花を咲かせていた。
 歩きはじめると虫がそれに伴って盛大に飛び上がった。
 誰もつれてこなくてよかった。明と同年代の女の子はそれが礼儀でもあるかのように虫を見ては悲鳴をあげる。ほんの数年前まで、男子に混じって、虫取り網を持って走り回ったあの日々はどこにい
 玄関の前に立つ。横開きになった戸の回りは、うっすらとコケが生えて層をなしている。少なくとも数ヶ月は誰もきていないのならコケははがれているはずだ。
 愛が噂話を聞いたのが最近なのなら、この屋敷を外から見た人間が思いついて作ったのだろう。出元の人間が本当にここにきたのならこの辺りに痕跡があるはずだった。
 明は玄関の戸を触った。軍手にはべったりとほこりがつく。
 あいてなければそれを理由にできるな。という考えがあったのだが、それははかなく消えた。扉はあっさりと開いた。中からきた空気は思ったよりもよどんでいない。
 和風な家のせいか、ところどころから光が入り、中の様子を、おぼろげながら見ることができた。
 そこは大きな土間だった。
 土間の端の方には本来の玄関とも思える板張りの廊下が伸びているのが見える。暗闇が降りたそこはあまり喜んでいきたいところではない。
 ポケットから中型のマグライトを出した。スイッチをオンにして闇の中を照らした。
「だれ?」
 明は振り返った。
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2007年08月04日

余談2

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 マグライトの光の中に立っているのは一人の少女だった。長い黒髪を一本にまとめている。白いブラウスに紺のスカートは、白凰の小等部の制服だ。
「この家の人?」
 少女の問いかけに明は首を横に振った。どうやらこの子も噂話を聞きつけて入り込んだようだ。小学生なら、こうした場所には大いなる冒険を求めて入り込むことだろう。
「そっちも探検中?」
 明の言葉に少女は頷いた。
「中等部の人ですか?」
「もうちょっと上だけどね」
「そうなんですか。勉強が得意でらっしゃるんですね」
「いや運動の方で」
「それもすごいですね」
 少女は随分と色が白い。もともと色が白いこともあるのだろうが、あまり運動をするタイプではないようだった。
「君こそこんなところに一人で来るとは勇気があるね」
「そんなんじゃないんです」
 少女は首を無言で振った。
 子供の時に勇気のないものはからかわれ、揶揄される。自分でそれをかえるのは難しいし、そこに付け入られる事もある。勇気を出す為に探検してこいとでもいわれたのだろう。
「まあ、いいや。あたし奥にいこうと思うんだけど、一緒に来る?」
 少女は頷いた。

 靴を脱いでカバンの中に突っ込むと廊下に上がった。板張りの床はひんやりとしていた。
 マグライトは非常時に備えてスイッチをオフにした。マグライトは光の量は多いがその分電池の消耗も早い。幸い家の中は真暗というわけでなく、慣れてくれば見える程度に外の光は入ってくる。
 後ろに人がいるだけでこんなに心強いものだね。
 背後から歩いてくる少女の気配。それだけで背中を心配しなくていいのには気楽だった。
「ここには肝試しできたの?」
「気付いたらいました」
「え・・それ入ったことも覚えてないってこと」
「はい」
 誰かにここにでも連れ込まれたのか監禁でもされたのか、そう思って少女を見るが別に怪我らしいものはない。
「あのさ相談に乗れることなら乗るよ」
「さっきの懐中電灯とっても明るいんですね」
「ああ。マグライトっいってね、明るいだろ。でも、それだけじゃないんだ。アメリカだと殴りつけて警棒の代わりにもするくらい丈夫なんだ」
「舶来の品は違いますね」
「確かに舶来だね」
 廊下は終わりが無いように長く、なかなか終わらない。表で見るよりも後ろが長いようだった。
「ちょっと休憩」
 明は立ち止まった。マグライトをつけて周りを照らす。
 右横は壁、左横は戸板。前後に廊下が続いている。
「戻るにも進むにも中途半端だな」
 明は戸板に触れた。
「どうするんですか?」
「外して一回外に出ようかなって。思ったより広いから一回外から回って全体図を把握したいんだ」
「分かりました」
 明は片手で戸板に触れた。木で作られた戸板は頑丈で外から固定されているのか開かない。
「持ちましょうか」
「頼む」
 少女にマグライトを渡した。
「これは明るくて強くていいですね」
 少女はマグライトをつけて床や壁に向けて光を放っていた。
「家に何本かあるから気に入ったのならあげるよ」
 明は戸に両手をかけると一気に引っ張った。
 外からの光が差し込んできた。
 
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2007年08月09日

余談3

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「そんな夢を見ていたから遅れたの?」
 武部愛は小鳥のように小首を傾げた。明は頷きながら愛の顔色を見る。
「すごい不服そうな顔だな」
「不服じゃないよ。すごいなって思っていたの」
「夢の話だすごくない」
「さんまさんもよくそういう話するよね。明ちゃんはすごいよ」
「そうか・・・って、あれは遅刻した時の言い訳でだろ。ああ、やっぱり信じてない。まあ遅れたのは素直に悪かったよ」
「あやまればいいよ」
 愛は笑った。こういう邪気のない顔をされると、まあいいかという気になるから不思議なものだ。
 今日は愛と共に堂山を調べることになっていた。そのせいか、一人で調べるだなんて夢を見たのだろう。その夢は思いっきり疲れる夢で重い荷物でも運んだ時のように筋肉痛になっているのがたちが悪い。実際、今から愛と回ればさらなる疲れが心身を襲うのも分かっていた。おおよそ自分で手を汚すことを知らない友人である。
「今日は調べてあるの」
 愛の調べるということだから外から一見したとかその程度だろう。
「絵のある家も分かっているの」
「それはすごい・・・ってまさか、あなたの絵から人が飛び出ますかなんてたずねて回ったとか?」
「そんなことしないですよ」
 愛は頬を膨らませた。
「ばあやに教えて貰いました」
「ああ、ばあやさんね。で、どこにあるのその絵は」
「ここです」
 そこにあるのは堂山には珍しい今風の2×4の家だった。同じようなデザインの家が何件か並んでいる。
 その中で大きな紫陽花が鮮やかに彩っている家を明は指差した。
 明はインターホンを鳴らした。
 少しばかり間を開いて、中年の婦人が姿を見せた。
「武部さんのお嬢さんですね」
「はい」
 学校での霊験はここでもあるらしく、自分たちの母親程の年の人が愛に奇妙に丁寧で怖い。
「肖像画が見たいなんていわれるから驚きました。本当はこの辺りを売ったときに、処分するつもりだったんですけど」
「残しておいてくださって嬉しく思います。私たちの先輩の姿を見ることができるのですから」
「私の母の姉にあたる方だそうです。白凰への入学前に夭逝されて。せめて絵だけでも制服をと」
「では拝見させていただいてよろしいですか」
「どうぞ」
 仏間と思しき部屋に不釣合いなイーゼルがおかれ、その上にはほこりよけの布がかぶせられている。
「どうぞ」
 そこにいたのは夢で見た少女だった。
 偶然だ。
 そう思いながらも明は少女の顔を見ていた。
「あれ」
 婦人は声を上げた。
「前までこんなのもっていたかしら」
 聞きながらじっと肖像画を見た。その手に握られているのはマグライトだった。
 明は奥歯をかみしめた。
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